人事戦略
2024.08.14
人的資本経営とは? いま注目されている背景やメリット、実践方法、国内・海外の事例などを紹介
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「人的資本経営」は、これまでの人材戦略とは異なり、人材を企業の価値想像の源泉として位置付け、積極的に投資して行こうという新しいアプローチです。近年注目を集める「エンプロイーサクセス」という考え方とも親和性があり、社員の生産性やエンゲージメントの向上から、企業の持続的な成長、投資家からの評価まで、その影響範囲は多岐にわたります。
この記事では、人的資本経営の意味や効果について解説したうえで、フレームワークに用いられる考え方も紹介するので、ぜひ参考にしてください。
人的資本経営とは?
まずは、経済産業省による「人的資本経営」の定義を確認しましょう。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
(引用:経済産業省)
これまで人材は消費される資源(Human Resource)の一つに数えられ、人材にかける費用を抑えることが理想とされてきました。しかし人的資本経営では、人材を代替不可能な価値と捉え、教育・研修、キャリア開発、福利厚生などを通じて、積極的に投資すべき対象である資本(Human Capital)として位置付けられます。人材への投資が自社の利益として企業に還元されていくことで、企業経営の好循環が生まれると考えます。
経済のグローバル化や技術革新が進む現代社会において、企業は優れた人材を確保し、その能力を最大限に引き出すことが求められています。2020年に経済産業省が発表した「⼈材版伊藤レポート」において、人的資本経営の重要性が強調されたことで、日本国内でも注目が高まりました。また、2023年3月期以降に作成される有価証券報告書から、上場企業に対して、人的資本に関する開示が求められるようになったことで、経営イシューとして人的資本経営の実現が認識されるようになりました。
なぜ人的資本経営が注目されているのか?
それでは、そもそもなぜ人的資本経営がいま注目されているのでしょうか。その社会背景を、以下の3点にまとめました。
働き方の多様化
コロナ禍における働き方の多様化により、雇用コミュニティの安定性と柔軟性を確保するとともに、働き方を含めた人材戦略の在り方が改めて問われるようになりました。とくに昨今、デジタル化や自動化の進展により、新しいスキルが求められるようになったことで、「リスキリング」への注目も高まっています。人的資本経営は社員が時代の変化に適応し、能力を発揮するためのサポートを積極的に実施する経営手法です。
労働市場の変化
少子高齢化やグローバル化、採用の激化により、優秀な人材の確保が困難になっています。企業は人材を獲得・育成・維持するために、社員のエンゲージメントを高めることが求められるようになりました。
ESG投資・SDGsの促進
ESG投資とSDGsの促進も影響しています。これらは企業の持続可能なビジネスと社会的責任を重視する概念であり、人的資本経営と密接に関わっています。ESG投資の「社会」要素やSDGsの目標8である「働きがいも経済成長も」が人的資本に関連しており、これらの関心の高まりが人的資本経営の広がりを促進しました。投資家やステークホルダーは、従来のような財務情報に加え、「人的資本」のような無形資産・非財務情報にも大きな関心を寄せているのです。
人的資本経営のメリット
人的資本開示の義務化に伴い、「開示」に目を向ける企業が増えていますが、本質的に重要なのは「人材投資」そのものです。積極的な人材投資による人的資本経営のメリットを3つ紹介します。
生産性向上・企業競争力の強化
人的資本経営では、適材適所の人材配置や、個人の成長に応じた人材投資を目指します。社員一人ひとりの生産性向上は企業の競争力を高めることに繋がります。また、優秀な人材の確保と育成は社内のイノベーションを加速させ、競争力のある製品やサービスの開発に寄与します。
ブランド力のアップ
優れた人材を育成・保持する企業は、社会的評価が高まり、ブランド力の向上につながります。人的資本開示により、様々なステークホルダーに向けて「人材に積極的に投資する会社」としてアピールができます。もちろん、ステークホルダーには求職者も含まれるため、良い人材が集まり、さらなる競争力向上が実現できるという好循環が生まれるのです。
エンゲージメントの向上
社員の満足度やエンゲージメントが企業の生産性に直接影響を与えることが多くの研究で示されています。人材育成に伴う教育・研修プログラムの実施は、社員のスキルアップを促進するだけでなくエンゲージメントも向上させます。その結果、離職率を下げることにもつながります。
取り組むべき人的資本経営の施策
人的資本経営の施策には以下のようなものが挙げられます。
- 教育・研修プログラムの強化
- パフォーマンス評価とフィードバック
- キャリアパスの明確化
- 多様性の担保と柔軟な働き方の導入
それぞれ詳しく見ていきましょう。
教育・研修プログラムの強化
社員のスキルアップとキャリア開発を支援するために、定期的な教育・研修プログラムを実施します。これには、リーダーシップ研修や技術スキルの向上を目的とした研修が含まれます。
パフォーマンス評価とフィードバック
社員のパフォーマンスを定期的に評価する必要もあります。適切なフィードバックを提供することで、個々の成長を支援することで、社員のモチベーションを高め、目標達成を促進します。
キャリアパスの明確化
社員が自身のキャリアを計画しやすいように、明確なキャリアパスを提供します。これには、昇進の基準やスキル要件などを具体的に示すことが含まれます。
多様性の担保と柔軟な働き方の導入
多様なバックグラウンドを持つ人材を積極的に採用し、包括的な職場環境を構築します。これにより、異なる視点やアイデアが生まれやすくなり、イノベーションが促進されます。また、個人に合わせて柔軟な働き方を確保する必要もあります。具体的には、リモートワークやフレックスタイム制度を導入することで、社員がワークライフバランスを取りやすい環境を整えます。
人的資本経営のフレームワーク「3P・5F」とは?
前述の「人材版伊藤レポート」では、人的資本経営を効果的に実践するために求められるものを「3つの視点(3P)」「5つの共通要素(5F)」としてまとめています。具体的には下記の通りです。
3P
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is-To beギャップの定量把握
- 企業文化への定着
5F
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキル・学び直し
- 従業員エンゲージメント
- 時間や場所にとらわれない働き方
人的資本経営の実施に欠かせない考え方が込められた有用なフレームワークなので、それぞれの項目について詳しく理解しておきましょう。
P1 経営戦略と人材戦略の連動
企業価値の持続的な向上には、経営戦略と人材戦略の連動が欠かせません。たとえば、AIを活用した新規事業を将来の事業の柱として設定する場合は、その戦略実現のためにAIドメインに精通した人材を充実させる人材戦略を練る必要があります。
P2 As is-To be ギャップの定量把握
「As is-To be ギャップ」とは、現在の状況(As is)と理想の状態(To be)とのギャップのこと。このギャップを定量的に把握することで、人材戦略の継続的な見直しが可能となります。
P3 企業文化への定着
企業文化は、人材戦略の実行により醸成されます。企業文化への定着度を数値化し、将来を見据えた人材戦略をしていくという視点です。
F1 動的な人材ポートフォリオ
現在の経営戦略と新たなビジネスモデルに対応するため、将来的な目標から逆算して必要な人材要件を定義し、適切な人材を獲得・育成することが重要です。HRテクノロジーを活用して現状の人材ポートフォリオを把握し、データを蓄積します。また、経営戦略に連動した人材ポートフォリオを維持するために、重要な人材のパイプラインを構築し、リスキルや異動、外部人材の活用、M&Aなどで最適化を図ります。
F2 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
中長期的な企業価値向上には、非連続的なイノベーションが重要です。その原動力は多様な個人の組み合わせといえます。経験や価値観、専門性の多様性を取り入れ、女性や外国人、他業界経験者などを含む多様なキャリアの活用が求められます。ダイバーシティ&インクルージョンの推進を測定するためのKPIを設定し、定期的に社内外の協働を見直すのも重要です。
F3 リスキル・学び直し
事業環境の急速な変化と個人の価値観の多様化に対応するため、個人のリスキルとスキルシフト、専門性の向上が求められます。同時に企業は、個人の自律的なキャリア構築を支援し、ITリテラシーや創造性、デザインなどのスキル向上を促進することが重要となります。また、経営陣もリスキルと学び直しの文化を構築し、自ら実践する必要があります。汎用性の高いスキルを身に付けることは、個人の魅力を高めると同時に、企業にとっても人材の流動性がイノベーションと長期的な価値向上につながります。
F4 従業員エンゲージメント
経営戦略の実現と新たなビジネスモデルへの対応には、社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組める環境が必要となります。このような、社員が企業との結びつきや仕事へのやりがいを感じ、自発的に業務に取り組もうとする状態のことを「従業員エンゲージメント」といいます。エンゲージメント向上のために、企業は理念や戦略を社員へ積極的に発信し、共感と納得感を得るための対話を進める必要があります。情報をオープンにして個の自発性を促し、また、柔軟な就業環境や多様なキャリアパス、教育訓練の提供を通じて、社員一人ひとりの価値創造を最大化することが求められます。
F5 時間や場所にとらわれない働き方
新型コロナウイルス感染症への対応の中でも顕在化したように、どこでも安全に働ける環境を整えることが、事業継続とレジリエンスの観点から必要といえます。そのためには、マネージャーのリーダーシップとマネジメントスキルが重要となり、タスクのアサインや育成・評価の方法を適応させなければいけません。また、在宅勤務やリモートワークを可能にするだけでなく、業務プロセスやコミュニケーションの見直しが求められます。エッセンシャルワーカーへの対応も重要です。リモートワークの課題を把握し、改善していくことが求められます。
参照:経済産業省
富士通の人的資本経営施策
人的資本経営をいち早く取り入れた企業に富士通が挙げられます。富士通は人的資本経営を実現するに当たり、DXカンパニーを目指す「パーパス」と「HR Vision」を策定しました。これによりジョブ型人材マネジメントに移行するとともに、ビジョンと事業・人材ポートフォリオを策定し、社内の人材流動化と報酬水準の引き上げで採用競争力を強化しました。
また、パーパスやビジョンに対するインパクトを評価する「Connect評価」をグローバルに導入、1対1の対話で個人と企業のパーパスをすり合わせる「パーパスカービング」も実施しています。さらに、キャリア支援策を拡充し、自律型人材を育成するため、従業員エンゲージメントを非財務指標として設定しました。
参照:富士通(PDF)
ドイツ銀行の人的資本経営施策
海外の人的資本経営の事例も押さえておきましょう。
ドイツ銀行は2013年から人的資本レポートを開示し始めていましたが2021年には、ISO30414に準拠したHRレポートを開示したことで、人的資本経営のお手本として注目されています。「ISO30414」は、人的資本に関する情報開示のガイドラインで、2018年に公開されました。これにより、ドイツ銀行は人材関連の各種KPIの透明性確保やデータドリブンでの意思決定が可能になっています。
参照:ドイツ銀行「Human Resources Report2021」(PDF)
まとめ
人的資本経営は、人材を資源ではなく資本として位置づけ、その価値を最大限に引き出す経営戦略です。教育・研修やキャリア開発に投資し、企業の成長と競争力を強化します。技術革新やグローバル化が進み、また、コロナ禍で働き方が多様化したことで人的資本経営の重要性が増しています。他社の事例も参考にしながら、人的資本経営に取り組みましょう。